ウニという得体の知れない黒いトゲトゲを、人類で最初に割って食ったやつがいる

海辺を散歩していると、岩場に張り付いている真っ黒な塊を見かけることがありますよね。あれがもしウニだと知らなかったら、私たちは一体どんな反応を示すでしょうか。

真っ黒で、全身が鋭いトゲに覆われていて、触れば痛そうですし、およそ食べ物には見えません。それなのに、現代の私たちはその中身が鮮やかなオレンジ色で、とろけるような甘みがあることを知っています。

ここでふと不思議に思うのです。人類の歴史の中で、あんなに得体の知れないトゲトゲの球体を、最初に割って食べてみようと思い至った人は誰だったのでしょうか。そして、その人は何を思ってあの黒い塊に手を伸ばしたのでしょうか。

世の中でよく言われている説としては、極限状態の空腹があったから、というものがあります。大昔の人々にとって食料の確保は死活問題で、果物も獣も獲れない時期に、目の前の海に転がっているものを片っ端から試すしかなかったという考え方です。

あるいは、ラッコやカモメなどの動物がウニを割って食べている姿を見て、あの中には食べられる部分があるのだと学習したという説も有力です。確かに、動物の行動を観察するのは生存戦略として合理的ですし、お腹が空きすぎて背に腹は代えられない状況なら、見た目が不気味なトゲトゲでも割ってみようという動機が生まれるかもしれません。

しかし、少し立ち止まって考えてみると、本当にそれだけなのだろうかという疑問も湧いてきます。もし自分が石器時代に生きていたとして、たとえ空腹だったとしても、あのトゲだらけの生き物を最初のターゲットにするでしょうか。
岩場にはもっと捕まえやすそうな貝もいれば、海藻だって生えています。わざわざ怪我をするリスクを冒してまで、得体の知れない黒い球体を石で叩き割るには、かなりの勇気か、あるいは別の種類の衝動が必要だったのではないかと思えてなりません。

そこで私が想像してしまうのは、人間が本来持っている、どうしようもないほどの好奇心の存在です。お腹を満たすためだけではなく、ただ単に、この中には何が入っているんだろうという、子供のような純粋な探究心が引き金になった可能性はないでしょうか。

例えば、嵐のあとに岩に叩きつけられて偶然割れてしまったウニを見つけて、中から覗く鮮やかな色に目を奪われた人がいたのかもしれません。その色の対比があまりに美しかったからこそ、毒々しさを超えた興味が勝ってしまった。そんなドラマがあったら面白いなと思うのです。

ウニに限らず、ナマコや納豆、こんにゃくなど、最初の一歩を踏み出すのに相当なハードルがあったはずの食材は枚挙にいとまがありません。それらは単なる飢えを凌ぐための手段ではなく、文化としての食を形成しようとする人間の意志のようなものが感じられるのです。

また、構造的な理由を考えてみると、当時のコミュニティの在り方も関係していたのかもしれません。一人が食べてみて大丈夫だったら、それを集団で共有するという知識の伝達システムです。

最初に食べた人はもしかすると、集団の中で少し変わり者だと思われていた若者だったかもしれません。みんなが敬遠するものを面白がって触り、周りが止めるのも聞かずに口に運ぶ。そんな、いつの時代にもいる挑戦者が、私たちの食の可能性を広げてくれたのではないでしょうか。

もちろん、これは私の勝手な想像に過ぎません。もしかしたら、ウニが今のような姿になる前、トゲがもっと短かった時代から食べられていて、進化とともに食べる技術も向上していったという、もっと地味なプロセスだった可能性もあります。あるいは、特定の地域では宗教的な儀式の一環として、あの異形な姿に神聖なものを感じて割ってみたのが始まりかもしれません。

結局のところ、真実は歴史の闇の中ですが、私が大切にしたいのは、あの一見すると拒絶反応を起こしそうなトゲトゲを割った誰かが、確実に存在したという事実です。

その誰かのおかげで、今の私たちは美味しいウニ軍艦を味わうことができています。そう考えると、日常の食卓に並ぶすべてのものが、名もなき先駆者たちからの贈り物のように思えてくるから不思議です。

今のところ自分は、あの最初の一人は、空腹に耐えかねた犠牲者というよりは、世界を面白がろうとした冒険家だったのではないかと考えています。効率や安全性だけを求めていたら、きっとウニを食べるという文化は定着しなかったはずです。

ちょっとした遊び心や、美しさへの好奇心が、人類の味覚を豊かにしてきたと考えてみると、いつもの食事が少しだけ楽しくなるような気がしています。

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