
消えたニュースの行方
インターネットで昔の出来事を調べようとして、リンクをクリックした瞬間に「ページが見つかりません」という無機質な画面が出てきたことはありませんか。
特に、世間を騒がせた悲惨な事件や、誰もが注目していた大きなニュースに限って、数年経つと跡形もなく消えていることがあります。
あんなに騒いでいたのに、まるで最初からなかったことにされているような、なんとも言えない不気味さを感じることがあります。
ネットは一度書かれたら一生残「 デジタルタトゥー」の世界だなんて言われますが、その一方で、公的なニュース記事が驚くほどあっけなく消えてしまうのは、一体なぜなのでしょうか。
私のような一般人からすると、歴史の記録として残しておいてほしい気もします。なんだか複雑な気持ちになります。
世間でささやかれる噂と違和感
こういう話になると、決まって出てくるのが 大きな力が働いて消されたのではないか?という陰謀論めいたお話です。
加害者の親が権力者だったから圧力がかかったとか、警察にとって都合の悪い事実が含まれていたからメディアが自粛したとか、ドラマのような展開を想像してしまいがちです。
あるいは、サーバーの容量がもったいないから古いものから捨てているだけだろう、という非常にドライな見方をする人もいます。
確かに、毎日膨大な量のニュースが生まれる現代において、全ての記事を永久に保存しておくのは大変そうです。
でも、数年前の芸能人のスキャンダルは残っているのに、社会的に重要な意味を持つはずの事件の記事が消えているのを見ると、そこに何かしらの意図があるのではないかと勘ぐってしまうのも無理はありません。
「配信の仕組み」という現実的な事情
少し気になって調べてみると、実はそこには非常に事務的で現実的なルールが存在していることがわかってきました。
私たちがよく目にする大手ポータルサイトに掲載されているニュースには、明確な 掲載期限 が設けられていることが多いようです。
新聞社や通信社といったコンテンツを提供している側と、それを載せているサイト側との契約によって、掲載できる期間が決まっています。
例えば、多くのポータルサイトでは記事の寿命は数日間から、長くても半年程度に設定されていることが一般的だといいます。契約期間が過ぎれば、機械的に削除の処理が行われるだけというわけです。
つまり、誰かが意図的に隠そうとした!というよりは、単に レンタル期間が終了した という状態に近いのかもしれません。
各新聞社の公式サイトであっても、無料で読める範囲は過去数ヶ月分だけで、それ以前のものは有料アーカイブに移動したり、データベースに格納されたりして、一般の検索結果からは見えなくなる仕組みになっています。
更生とプライバシーのバランスという難問
技術的な理由以外に、もっと人間的な、そして法的な理由も深く関わっているようです。事件のニュースには、どうしても実名や顔写真、住所の一部といった個人情報が含まれます。
加害者であっても、刑期を終えた後には社会復帰をする権利、つまり 更生する権利 が認められています。何十年も前の過ちが、検索一つで一生つきまとってしまう社会は、(法に照らして)果たして健全なのか?という議論が世界中で行われています。
一方で、被害者の方々やそのご家族のプライバシーを守るため、あえて情報を表に出さないように配慮されるケースもあります。私が今回、この問題を考えるヒントになったのは忘れる権利 という考え方でした。
プライバシーの保護と表現の自由、そして私たちが知る権利がどのように対立し、調整されているのか。事件を記録として残すべきだという正義感と、誰かの人生を壊し続けないという優しさが、デジタル空間で激しくぶつかり合っているのかもしれません。
記録が消えても悪いことばかりではない
ニュースが消える理由は、結局のところ、契約というビジネス上の都合と、法的な権利の保護という二つの側面が大きそうです。ただ、個人的に思うのは、情報が消えていくことは必ずしも悪ではないのかもしれないということです。
もし、人類がこれまで起こした全ての過ちが、永遠に、そして誰にでも閲覧できる状態で固定されてしまったら、私たちは「二度とやり直せない」社会で生きていくことになります。
自分自身は特段大きなルール違反を犯したことは無いので、息苦しいと感じるならそいつが悪いんだ!と賛成したいところではありますが、それはそれで、息苦しい人たちが増える世界のような気もします。
もちろん、風化させてはいけない教訓や、歴史的な検証が必要な事実は、公的なアーカイブとして大切に保存されるべきです。
でも、日常的に消費されるニュース記事が、ある程度の時間が経って波が引くように消えていくのは、社会が 忘れる という機能を持って、新しく進んでいくための自浄作用なのかもしれません。
結論は出ないけれど大切にしたい視点
結局、なぜニュースが消えるのかという問いに対する答えは、どれか一つではありません。システムの都合、法律の壁、そして倫理的な配慮、それらが複雑に絡み合ってインターネットの形が作られています。
特定の事件の記事が消えたとき、それは誰かを守るための措置なのか、それとも単なる契約切れなのか、私たち一般人には知る由もありません。それでも消えてしまった記事の向こう側には、今も生きている生身の人間がいるということだけは、忘れないようにしたいものです。


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