

毎朝のルーティンに潜む謎
朝起きてすぐ、あるいは仕事の合間に、私たちは何気なく1杯のコーヒーを淹れています。あの香ばしい香りが漂うと、なんだかホッとするし、今日も1日頑張ろうという気持ちになりますよね。私の家でも、毎朝のコーヒーは欠かせない儀式のようなものになっています。
でも、ふと手元にある黒い液体を見つめていると、妙な違和感に襲われることがあるのです。このコーヒーという飲み物、よくよく考えると作り方がほかの飲み物に比べて異常に複雑で、しかも特殊だと思いませんか。
原料は植物の種ですよね。その辺に生えている実から種を取り出して、そのまま煮るならまだ分かります。お茶の葉だって基本的には乾燥させてお湯を注ぐわけですから、自然の恵みをそのままいただくという意味では理解しやすい。
ところがコーヒーはどうでしょう。わざわざ実から種を取り出し、それを真っ黒に焼け焦げるまで炒り、わざわざ細かくすり潰して粉末にし、そこに熱湯をくぐらせて、しかもその残りカスの泥みたいなものは捨てて、濁った水分だけを飲む。…なんじゃこれは。
冷静に考えて、最初にこれをやろうと言い出した人は、ちょっとどうかしていると思いませんか。もし現代にコーヒーが存在しなくて、近所の知り合いが「あの庭の木の実の種を真っ黒に焦がして粉にして、通して黒くなったお湯だけを飲むと最高だよ」なんて言ってきたら、私なら少し距離を置くかもしれません。
どうして人類は、こんな手間の塊のような、ある意味で非常識な飲み物を生み出すに至ったのでしょうか。そんな素朴な疑問が頭を離れなくなってしまったのです。
「眠らない山羊」と修道士の有名な噂
コーヒーの起源について少し調べてみると、大抵のウェブサイトや本には、あるお決まりのエピソードが載っています。
それは、9世紀頃のエチオピアにいたカルディという名前の山羊飼いの男の子のお話です。ある日、彼が飼っている山羊たちが、赤い実を食べて夜になっても興奮して飛び跳ねているのを見つけました。不思議に思ったカルディが近くの修道院の僧侶にそのことを相談すると、僧侶たちはその実が眠気を払う魔法の果実であることに気づき、夜間の厳しい修行や祈りの時間に利用するようになった、というものです。
なるほど、実に微笑ましくて、絵本にでもなりそうな綺麗なストーリーですよね。山羊が最初に見つけたというのも、なんだか自然の神秘を感じます。
しかし、ここで私のひねくれた一般人センサーが働いてしまうのです。この話、赤い実をそのまま食べた、あるいは実をすりつぶしてジュースのようにして飲んだという段階までは説明がつきます。でも、私たちが知っている「焙煎して、挽いて、ドリップする」という、あの黒くて香ばしいコーヒーにどうやって進化していったのかという謎の答えにはなっていません。
実を食べて元気になったからといって、なぜそれをわざわざ焦げるまで焼いてみようという発想になるのでしょうか。焦げた豆なんて、普通なら失敗作としてゴミ箱行きのはずです。どうにも、この有名な山羊飼いの伝説だけでは、現代のコーヒーへとつながるミッシングリンクが埋まらないような気がしてならないのです。
偶然の悲劇がもたらした奇跡という視点
そこで、もう少し歴史的な事実や、当時の人々の暮らしに踏み込んだ記録を探してみることにしました。
いくつかの記録を辿っていくと、コーヒーが今のような形で飲まれるようになった背景には、どうやら偶然の事故や、私たちが想像するのとは全く違う目的があったらしいことが見えてきます。
まず、歴史的に見て、コーヒーの木が生息していた地域の人々が最初からあの豆を焼いていたわけではないようです。初期の頃は、葉っぱをお茶のようにして飲んだり、実を皮ごと潰してギィと呼ばれるバターのような油と混ぜて、丸めて携帯食にしていたという記録があります。つまり、最初は飲み物というよりも、栄養価の高いエナジーバーのような食べ物だったのですね。狩りに行くときのスタミナ食だったと考えれば、実をそのまま使うのも納得がいきます。
では、なぜ焼いたのか。ここには諸説あるのですが、一番人間らしくて納得がいったのは、火事による偶然という説です。
コーヒーの実を保管していた物置や乾燥場が、ある日うっかり火事で燃えてしまった。あるいは、ゴミとして処分するために火に投げ込んだ。そのとき、あたり一面にものすごく良い香りが立ち込めたというのです。
私たちは今でこそ焙煎されたコーヒーの香りを知っていますが、当時の人々にとっては、未知のとてつもないアロマだったはずです。焦げたゴミの中から、香りの発生源である黒焦げの種を拾い上げ、これはもしかして宝物なのではないかと考えた人がいたとしても不思議ではありません。
さらに、当時のイスラム圏の医療や学術の発展も大きく関係しているようです。10世紀頃の有名な医学者であるラーゼスやイブン・シーナーといった知識人たちの記述には、コーヒーの前身と思われる植物が、消化を助けたり体を温めたりする薬として登場するようです。
つまり、美味しいから飲んでいたのではなく、体に良さそうだから、あるいは眠気を覚ますための薬として、様々な加工法が試された形跡があるのです。最初は実を丸ごと煮ていたけれど、乾燥させて保存性を高めるうちに、殻が硬いから焼いて砕いてみようとなったのかもしれません。薬を作るための飽くなき実験の歴史が、あの複雑な工程を生み出したのだとしたら、なんだか納得がいきますよね。
いくつかの可能性と当時の空気感
現代の私たちから見ると非常識に思えるコーヒーの製法ですが、当時の社会的な背景や人間の心理を考えてみると、いくつかの構造的な理由が浮かび上がってきます。
ひとつ目の可能性は、保存と輸送の必要性です。生のコーヒーの実はすぐに腐ってしまいます。広大な砂漠や海を越えて交易を行うためには、どうしても長期保存に耐える形にする必要がありました。水分を完全に飛ばし、さらに加熱して虫がつかないようにする。その究極の形が、豆をしっかりと炒るという行為だったのではないでしょうか。
ふたつ目の可能性は、当時の宗教的な情熱です。コーヒーが飲み物として爆発的に広まったのは15世紀頃のイエメンと言われています。そこでは、神秘主義の修道者たちが、夜通しで行われる儀式で眠気を払うためにコーヒーを飲んでいました。
彼らにとって、眠気に打ち勝って神への祈りを捧げることは、人生をかけた大仕事です。そのためなら、どれだけ手間がかかる製法であっても、より効果が高く、より体に吸収されやすい方法を必死で研究したはずです。実のまま煮るよりも、しっかり焼いて粉にした方が、あの覚醒成分が効率よくお湯に溶け出すということを、彼らは経験的に突き止めたのかもしれません。執念が生んだ技術と言ってもいいかもしれませんね。
そして3つ目は、単純に、人間には香ばしいものを好む本能があるのではないかという点です。麦茶やほうじ茶、あるいは焼きおにぎりやトースト。私たちは、炭水化物やアミノ酸が熱によって変化する、いわゆるメイラード反応の香りにどうしても惹かれてしまう生き物です。コーヒーのあの香りは、一度体験してしまえば、二度と忘れることのできない強烈な魅力を持っています。一度でもあの香りの虜になった人がいれば、どれだけ面倒な工程であっても、それを再現するために粉にしてお湯を通す苦労など、喜んで引き受けたことでしょう。
明日の1杯が愛おしくなる
結局のところ、誰が一番最初に完璧なドリップコーヒーを完成させたのか。一人の天才がひらめいたのか、それとも何百年もの時間をかけて、何千人もの失敗と偶然が積み重なった結果なのか。おそらく後者なのでしょうが、それにしても、この謎に満ちた黒い液体が、今では世界中で毎日何億杯も飲まれているというのは、本当に奇妙で面白い現象です。
もしかしたら、私たちが今、道端に生えている雑草だと思って通り過ぎている植物の中にも、未来の人たちがわざわざ発酵させて、蒸して、特殊な方法で抽出して大ブームになっているような、未知の非常識な飲み物の種が眠っているのかもしれません。




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