
朝の決断をゼロにする
毎朝、クローゼットの前で何を着ようか悩む時間は、積み重なると意外と馬鹿にできないリソースを消費している気がします。何を隠そう、私は大学時代の四年間、ほとんど毎日同じ格好で過ごしていました。黒いズボンに白いカッターシャツという、まるでどこかの制服のような組み合わせです。
おしゃれに関心がないわけではなかったのですが、それ以上に服を選ぶという行為に付随する迷いや、自分をどう見せるべきかという葛藤に疲れてしまった時期がありました。いっそ制服化してしまえば、朝の思考力をもっと別のことに使えるのではないかと考えた末の、自分なりの合理的な解決策だったのです。
しかし、面白いことに、毎日同じ格好をしていると周りの反応も一定になっていきました。いつも清潔感があるねと言われることもあれば、今日これからバイトなの?と聞かれることもありました。服という道具の使い道によって、自分という人間のパッケージが固定されていく感覚です。
なぜ私たちは、服という布切れ一枚にこれほどまでに翻弄され、そしてそれをどう使いこなすべきなのでしょうか。善悪の判断ではなく、もっと実利的な攻略法としてのファッションについて、少し考えてみたいと思います。
ファッションは「自己表現」なのか
世間ではよく、ファッションは自分らしさを表現するものだと言われます。自分の好きなものを着て、個性を出し、内面を外側に映し出す。それはとても素敵な考え方ですし、人生を彩る大切な要素の一つであることは間違いありません。
雑誌やSNSを開けば、トレンドを追いかけ、自分に似合う色を探し、季節感を大切にすることが美徳とされています。センスがあることが、あたかもその人の人間としての豊かさと直結しているかのように語られることも少なくありません。
そのため、何を着ればいいか分からないという悩みは、そのまま自分には個性がないのではないかという不安にすり替わってしまいがちです。自分らしさを服で表現しなければならないという強迫観念が、結果として服選びを苦しいものにしている側面があるのではないでしょうか。
表現ではなく「道具」としての服装
ここで視点を少し変えて、服装を自己表現ではなく、社会というシステムの中で自分をスムーズに動かすための道具として捉え直してみると、景色が違って見えてきます。
中身を知ってもらうための入り口として、あるいは相手に余計な警戒心を与えないための緩衝材として服を選ぶ。そう考えると、センスや個性といった捉えどころのない言葉に振り回される必要がないことがわかります。
私の大学時代の白シャツと黒ズボンも、ある種の攻略法でした。誰からも嫌悪感を持たれず、かつ、どんな場所にもそれなりに馴染んでくれます。安定して70点をとってくれます。情報のノイズを最小限に抑え、相手が自分の話す内容や行動に集中できるようにするための、背景のような没個性的な服装だったと言えます。
道具として服を選ぶ基準は、自分がどう見せたいかという主観よりも、相手にどう受け取ってほしいか、あるいはその場でどう機能してほしいかという客観的な目的に置かれます。これは、好みの問題ではなく、設計の問題に近いのかもしれません。
服装をハックするための三つの基準
では、服装を道具として使いこなすための具体的な基準には、どのようなものがあるでしょうか。いくつか構造的な理由を挙げてみます。
まず一つ目は、認知コストの削減です。人は見た目から情報を得る際、複雑なものほど解析にエネルギーを使います。奇抜なデザインや派手な色は、それだけで相手の注意を奪ってしまいます。もし自分の意見を正確に伝えたいのであれば、あえて主張の少ない服を選ぶことで、相手の認知リソースを自分の言葉に誘導することができるかもしれません。
二つ目は、着衣認知という現象の活用です。これは、特定の象徴性を持つ服を着ることで、着ている本人の心理的プロセスが変化するというものです。専門的な服を着ると注意力が上がったり、フォーマルな格好をすると抽象的な思考が得意になったりするという研究があります。自分自身のメンタルをコントロールするためのスイッチとして服を使うという戦略です。
三つ目は、所属と信頼のショートカットです。人間は自分と同じカテゴリーに属すると感じる相手に信頼を置きやすい性質があります。その場のTPOに最適化された服装をすることは、「私はあなたの味方であり、この場のルールを理解していますよ」という無言のサインになります。これを守るだけで、コミュニケーションの難易度は大幅に下がります。
暫定的な結論としての自分専用ユニフォーム
結局のところ、ファッションは正解を求めるものではなく、自分の目的を達成するための装備品に過ぎないのではないかと考えています。
大学時代の私が選んだ白と黒の組み合わせは、当時の私にとって、社会との摩擦を最小限にするための最も効率的な防具でした。今の自分なら、もう少し別の色や形を混ぜるかもしれませんが、根底にある考え方は変わりません。
無理に自分を飾り立てる必要も、トレンドに振り回されて疲弊する必要も実はないのかもしれません。自分にとって心地よく、かつ、その日の任務を最も円滑に遂行できる組み合わせをいくつか持っておくだけで、日常のストレスが少し解消されるはずです。服を選ぶという行為を、自分というキャラクターの装備を変更する作業だと考えてみるのも楽しそうです。


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