
ビジネスチャンスになった「孤独な人々」
以前、友人とカフェでお茶をしていた時のことです。その友人は、1か月ほどマッチングアプリで恋人を探していたのですが、ふと、もうスマホの画面を見たくない、とこぼしたことがありました。画面を右や左にスワイプし続ける毎日に、なんだか疲れてしまったみたいです。
そこで私は、素朴な疑問を抱きました。そもそもマッチングアプリを作っている会社の人たちは、私たちが一刻も早く最高のパートナーを見つけて、アプリをアンインストールすることを本当に願っているのでしょうか。いやそんなはずはありません。
だって、もし利用者の全員がすぐに幸せなカップルになってアプリを辞めてしまったら、その会社の売り上げはゼロに近くなってしまいます。ビジネスとして考えた時、すごく矛盾しているような気がするのです。
一般的に言われていることと、その裏側
世の中では、マッチングアプリは効率的に出会いを探せる素晴らしいツールだと言われています。普段の生活では絶対に出会えないような職業の人や、遠くに住んでいる人とつながれる。条件を絞って検索できるから、価値観のミスマッチも防げる。そんな、「テクノロジーによる恋愛の民主化」のような語られ方が一般的です。
確かに、それは一面では真実なのだと思います。実際に結婚したという話もよく聞きますし、私の周りにも幸せそうな人はいます。
でも、ちょっと立ち止まって考えてみます。アプリの運営会社はボランティアではありません。彼らも利益を出さなければならない企業です。彼らにとっての利益とは、利用者が毎月の会費を払い続けることや、アプリ内で課金をしてくれることです。ここに欺瞞があります。
そう考えると、ユーザーがすぐに運命の人に出会って退会してしまうことは、ビジネスの観点からは損失、つまり顧客の離脱を意味します。ここには、私たちの幸せと企業の利益が相反するという、奇妙な構造が隠れているように見えてなりません。
終わらない「人間のカタログショッピング」
ユーザーはアプリを開く時、無意識のうちに、もっといい人がいるかもしれない、という期待を抱かされている気がします。一人の素敵な人と向き合うことよりも、次に現れるかもしれないさらに素敵な誰かを確認することに夢中になってしまう。
これは、まるでお店で無限に続くカタログを眺めているような感覚です。目の前の商品もいいけれど、次のページにはもっと自分にぴったりのものがあるかもしれない。そう思わせる仕組みが、アプリの設計そのものに組み込まれているのではないでしょうか。
例えば、相手のプロフィールが次々とカード形式で流れてくる演出や、マッチングした時の派手な通知音。これらは、私たちの脳を刺激してドーパミンを放出させ、もっと続けたい、もっと探したいという気持ちにさせる、ある種のゲームのような中毒性を持っていることは、その方面に疎い私でもわかります。
もしかしたら、ユーザーは恋人を探しているつもりで、実は、「相手を探す」という行為そのものを消費させられているのかもしれません。孤独を解消するために始めたはずなのに、アプリに触れれば触れるほど、誰かと深くつながる難しさを感じて、かえって孤独が深まるわけです。
スワイプすれば次の人がいますから、ユーザーにとっては特定の相手と親密になる必要がありません。皮肉な話ですが、その孤独こそが、アプリを使い続けさせるガソリンになっているようにも思えます。
考えるヒントをくれた視点
心理学者のバリー・シュワルツが提唱する、選択のパラドックスという考え方が非常に参考になります。彼は、「選択肢が増えれば増えるほど、人は選ぶことに苦痛を感じ、選んだ後の満足度も下がってしまう」と指摘しています。確かに、あまりにもメニュー数が多い飲食店ではメニューを見るだけで疲れる感覚ありますよね。
マッチングアプリという、大量の異性が選択肢として提示され、商品のように陳列されている場において、私たちがなぜこんなに疲弊するのか、その構造的な理由がよくわかります。
さらに、社会的な構造という点では、かつての、お見合いや身近な紹介といった、お節介な他人が介入する恋愛から、すべてを自分で選ばなければならない自由な恋愛へとシフトしたことが、逆に私たちを孤独な戦いへと追い込んでいる側面もあるのかもしれません。
結局、どう向き合えばいいの
今のところ、私はマッチングアプリを完全に悪者だとは思いません。出会いの入り口を広げてくれた功績は大きいでしょう。ただし、アプリはあくまでビジネスである、という冷めた視点をどこかに持っておくことも大切かなと感じています。そういうわけもあって自分は今後も使う予定はありません。
運営会社が、私たちがずっとアプリの中に留まってくれることを望む仕組みを作っているのだとしたら、そのゲームに飲み込まれないように、自分なりのルールを持つ必要があります。例えば、一日に見る時間を決める、あるいは、いいなと思う人がいたら、もっといい人を検索する前にまずはその人としっかり向き合ってみる、といった具合ですね。(ただし、画面の向こうの相手もその認識を共有しているかはわかりません。)
ビジネスチャンスとしての孤独、という言葉は少し悲しい響きがしますが、私たちがその構造を理解していれば、もう少しだけ軽やかに、画面の向こう側の人間と接することができるのではないでしょうか。
恋愛は本来、非効率で泥臭くて、計算通りにいかないもののはずです。効率を求めるアプリの中で、あえて非効率な時間を大切にすること。私たちは元来、矛盾を抱えながら生きてきました。正解は分かりませんが、少なくとも、指を少し止めて、深呼吸してみる価値はありそうです。



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