
走るたびに絶望する私たち
天気のいい休日に、ふと思い立って走り出してみたとき。(最近なんだか体が重いし、運動不足も気になるから、今日こそは爽やかに汗を流して健康的な自分を取り戻そう…)そんな風に意気揚々と玄関を飛び出したのも束の間、ものの3分もしないうちに脇腹が痛み出し、呼吸は荒れ、足は鉛のように重くなります。
目の前を颯爽と通り過ぎていくベテラン風のランナーを見て、「この人たちは一体どんな精神構造をしているのか」と不思議に思ったことはありませんか。彼らは苦痛を感じない特殊な体質なのか、それとも私には一生理解できないレベルのストイックな修行僧なのか。
私のような一般的な生活者にとって、有酸素運動は往々にして苦行そのものです。走っている最中の頭の中は、あと何分で終わるか、帰りにコンビニでどのアイスを買うか、そもそもなぜ自分はこんな目に遭っているのか、といった後ろ向きな思考で埋め尽くされます。それなのに、世の中にはランニングが「趣味」だと言い切り、走ると頭がスッキリして気持ちいいとまで語る人々が一定数存在します。この圧倒的な認識の差はどこから生まれるのでしょうか。
幸福感の正体は?
一般的に、運動が楽しくなるためには、とにかく継続して体力をつけることが大事だと言われます。続けていれば筋肉がつき、心肺機能が高まり、いつの間にか楽に走れるようになるという理屈です。確かにそれは一理ありますが、その楽になるまでの過程が辛すぎて挫折してしまうのが私たち凡人の悲しい性ではないでしょうか。
また、よく耳にする言葉にランナーズハイというものがあります。一定時間走り続けることで脳内に幸福感をもたらす物質が分泌され、疲れを感じなくなり、まるで雲の上を走っているような陶酔感に包まれるという現象です。
これを聞くと、なんだか魔法のような体験に思えますが、実際にそこまで到達できる人は一握りだろ、というイメージもあります。多くの人は、その境地に辿り着く手前の、泥臭い苦痛の段階で力尽きます。結局のところ、運動を気持ちいいと感じるためには、単なる根性や慣れだけではなく、もっと構造的な仕組みやコツがあるのかもしれません。
脳の中で起きている不思議な化学反応
実は、この気持ちいいという感覚の正体について、興味深い研究データがいくつかあります。かつては、ランナーズハイの主役は脳内麻薬とも呼ばれるエンドルフィンだという説が有力でした。しかし、近年の研究では、それ以上にエンドカンナビノイドという物質が大きな役割を果たしている可能性が示唆されています。
ドイツのハイデルベルク大学などが行った研究によると、運動によって体内で生成されるこの物質は、大麻に含まれる成分と似たような構造を持っており、不安を和らげたり痛みを軽減したりする効果があるそうです。しかも、この物質はエンドルフィンよりも脳に届きやすく、私たちが感じる心地よさに直接関わっている可能性があるというのです。
この現象を引き起こすためには、いくつかの条件があるようです。興味深い事実に、あまりに激しすぎる運動ではこの物質が出にくいというデータがあります。最大心拍数の70パーセントから80パーセント程度の、いわゆる「ちょっときついけれどお喋りはできるかな~」くらいの適度な負荷が最も効率よく脳を幸福モードに切り替えてくれるらしいのです。
さらに、運動時間は短すぎても長すぎてもいけません。だいたい30分から1時間程度継続したあたりで、脳内の化学反応がピークに達するという報告が多いようです。つまり、全力疾走で自分を追い込むよりも、少し余裕を持ってダラダラと長く続ける方が、快感への近道である可能性があります。
苦痛を快楽に変えるためのささやかな工夫
ここからは、専門的なデータや私のささやかな経験を照らし合わせながら、有酸素運動を少しでも気持ちよく、あるいはマシにするための具体的な可能性を考えてみたいと思います。
1つめは、心拍数を上げすぎないという戦略です。私たちはつい、頑張らなければならないという強迫観念から、最初から飛ばしすぎてしまいます。しかし、前述の通り、脳がご褒美をくれるのは、適度な中強度の運動です。スマートウォッチなどで心拍数を確認しながら、あえてゆっくり動くことを意識すると、苦痛が和らぎ、代わりにじわじわとした心地よさがやってくるかもしれません。
2つめは、テンポの力を借りることです。人間には、一定のリズムで繰り返される動きに対して、精神を安定させるセロトニンという物質を分泌する性質があると言われています。お気に入りの音楽を聴きながら、そのテンポに合わせて足を運ぶ。あるいは、自分の呼吸音だけに集中して、吸って吐いてのサイクルを一定に保つ。こうしたリズムへの没入が、苦痛から意識を逸らし、一種の瞑想状態のような心地よさを生むきっかけになる可能性があります。
3つめは、視覚情報を味方につけることです。ジムのランニングマシンで壁を見ながら走るのが苦痛なのは、脳が新しい刺激を受け取れず、疲労感だけにフォーカスしてしまうからかもしれません。公園の緑を眺めたり、知らない街の景色を楽しみながら走ることで、視覚的な報酬が脳に与えられ、運動の辛さが相対的に軽減されるという見方もあります。
4つめは、鼻呼吸を意識してみることです。口でハアハアと激しく呼吸すると、体は危機状態だと判断して交感神経が優位になりすぎてしまいます。あえて鼻で呼吸できる程度のペースを守ることで、副交感神経とのバランスが保たれ、リラックスした状態を維持しやすくなると考える人もいます。
自分の体と仲良くなる
色々と理屈を並べてみましたが、最終的には、これが正解という確固たるルールがあるわけではないようです。ある人にとっては音楽が救いになり、ある人にとっては朝の冷たい空気が何よりの報酬になります。運動を気持ちいいと感じるためのスイッチは、人それぞれ違う場所にあるのかもしれません。
私がこの記事を書くにあたって影響を受けたのは、クリストファー・マクドゥーガルさんが書いたボーン・トゥ・ランという本です。この本の中では、人間はそもそも走るために進化してきた動物であり、走ることそのものに原始的な喜びが組み込まれているという、壮大でワクワクするような仮説が提示されています。これを読むと、あんなに苦痛だったランニングが、なんだか自分たちの本能を取り戻すための素敵な行為のように思えてくるから不思議です。

また、エンドカンナビノイドに関する学術的な知見は、運動というものが単なる肉体の訓練ではなく、精密な化学実験のような側面を持っていることを教えてくれます。自分の体を使って、どうすれば脳が心地よい物質を出してくれるのかを試行錯誤するわけです。そう考えると、有酸素運動も少しだけクリエイティブな「遊び」に見えてこないでしょうか。
もちろん、無理をしてまで「気持ちいい」を目指す必要は全くありません。歩く日があってもいいし、途中でアイスを食べて帰ってもいい。もし次に体を動かす機会があったら、ちょっとだけ心拍数を意識したり、リズムに身を任せてみたりしてください。もしかしたら、ある瞬間、ふっと体が軽くなって、世界が少しだけ明るく見える、小さな奇跡があなたの身にも起きるかもしれません。


コメント