

列の最後尾に吸い寄せられる人間
週末の賑やかな街を歩いていると、突如として歩道に現れる長い人間の列。何のお店だろうとのぞき込んでみると、新しくオープンした海外発のドーナツ屋さんだったり、SNSで話題のちょっと珍しいスイーツショップだったりします。一瞬「こんなに並ぶなんて大変だな」と思うものの、通り過ぎようとしたそのとき、胸の奥から妙なザワつきが湧き起こってくることはないでしょうか。
これだけたくさんの人が並んでいるということは、きっと信じられないくらい美味しいに違いない。今ここで並んでおかないと、流行に取り残されて損をしてしまうかもしれない。そんな気持ちがむくむくと膨らみ、気づけば自分もその列の最後尾に加わって、スマートフォンをいじりながら待ち時間を過ごしてしまう。そんな経験は誰にでも一度や二度はあるはずです。
あるいは、ネットショッピングをしていて、人気ランキング1位とか、「いま売れています!」という文字を目にした途端、それまで大して興味がなかった商品なのに、急に魅力的に見えてきて購入ボタンを押してしまう。私たちは、自分の意志で良いものを選んで買っているつもりですが、実はその選択の背景には、商品の純粋な品質や味とはまた違った、人間の心理の不思議な仕組みが働いているようなのです。
人気があるから良いものだ、という思い込み
このような現象について、世間一般では、行列ができるのはその店の商品が素晴らしいからだろう、という非常にシンプルな理由で片付けられがちです。味が良いから口コミで評判が広がり、その結果として人が集まる。テレビのグルメ番組や雑誌の特集でも、行列の絶えない名店として紹介されるのは、職人のこだわりや厳選された素材の話ばかりです。
確かに、全く魅力のないお店にこれほどの行列ができるわけがありません。人気があるということは、それだけで品質の証明であると考えるのは、私たちの生活の知恵としても非常に合理的です。下調べをする時間がないときでも、人がたくさんいるお店を選んでおけば、大外れを引くリスクを減らすことができます。
しかし、世の中を見渡してみると、最初はあれほど大行列を作っていたお店が、数ヶ月後には嘘のように閑古鳥が鳴いている光景に出会うこともあります。もしも行列の理由が商品の良さだけであるなら、これほど急激に人の心が離れてしまうのは少し不思議な話です。私たちが列に並びたくなる本当の理由は、単に良いものを求めているから、という言葉だけでは説明がつかないのかもしれません。
他人の行動が持つ強烈な引力
ここで、人間が周囲の行動にどれほど影響を受けやすいのか、いくつか心理学や行動経済学の分野で知られている興味深い事実や実験に目を向けてみましょう。
人間は、周囲の人々と同じ行動をとることで安心感を得るという性質を持っています。これに関する有名な心理学の実験では、仕掛け人たちが街頭で何もない空の一点を見つめて立ち止まっていると、それを見た通りすがりの人々も、釣られて次々と空を見上げ始め、最終的には巨大な人だかりができてしまったという報告があります。誰もそこに何があるかを知らないのに、「他人が見ている」という事実だけで、その場所に価値があると思い込んでしまうのです。
また、あるレストランのメニューを使った実験では、特定の料理の横に、「当店で最も人気のメニュー」というラベルを貼っただけで、その料理の注文数が劇的に跳ね上がったというデータもあります。料理の味や価格は一切変えていないにもかかわらず、他人が選んでいるという情報が付加されただけで、私たちの脳はその料理をより魅力的なものとして認識してしまう仕組みがあるようです。
さらに、手に入りにくいものほど価値があると感じてしまう心理も影響しています。行列に並ぶということは、それだけ手に入れるために「時間」というコストを支払っている状態です。人間は、苦労して手に入れたものに対して、実際以上の価値を感じてしまう傾向があるため、長い列に並んだ後に食べるご飯は、それだけで通常より何割増しかで美味しく感じられてしまうという脳の錯覚も指摘されています。
列の長さに惑わされる構造的な背景
他人の行動にこれほどまでに引っ張られてしまう私たちの心ですが、そこにはいくつかの構造的な理由が考えられます。
ひとつは、自分で決めることのコストを減らしたいという脳の省エネ欲求です。現代社会はあまりにもモノや情報に溢れており、何が本当に良いものなのかを自分一人の頭で判断するのは非常に骨が折れます。そんなとき、他人が大勢並んでいるという事実は、「まぁこれを選んでおけば間違いないだろう」という強力な太鼓判のように機能します。自分の頭でじっくり考える代わりに、他人の選択に乗っかることで、脳のエネルギーを節約しているわけです。
もうひとつは、集団から取り残されたくないという、人間が古くから持っている生存本能です。かつて人類が過酷な自然環境を生き抜いていた頃、集団から孤立することはそのまま死を意味していました。そのため、みんなと同じ行動をとり、同じものを共有している状態こそが、脳にとって最大の安全圏となります。現代において流行りの商品を試したくなるのは、この周囲と同じでありたいという原始的な本能が、便利になった社会でもそのまま作動しているからなのかもしれません。
さらに、並んでいる時間そのものを楽しむ、エンタメとしての側面もあります。私たちはただ商品を買うだけでなく、話題の場所に自分が参加しているという体験や、その様子をSNSに投稿して誰かと共有することに価値を見出しています。行列は単なる待ち時間ではなく、お祭りの神輿をみんなで担ぐような、一種のイベント空間として機能している面もありそうです。
仕組みを知った上で列を眺めてみる
こうして色々な視点から眺めてみると、私たちが大行列に並びたくなったり、人気商品を試したくなったりするのは、自分の意志が薄弱だからでも、ミーハーだからでもなく、人間が長い歴史の中で培ってきた社会的な本能のあらわれであると言えそうです。
そう考えると、メディアのブームに踊らされて並んでしまった自分を、浅はかだったと反省する必要はありません。むしろ、自分の脳が今、周囲の人間と同調して安心感を得ようとしているんだなと、一歩引いて面白がってみるくらいがちょうど良いのかもしれません。イベントの空気は非日常的な盛り上がりがあって楽しいものです。



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