世間では「肥満は食べ過ぎや運動不足といった自己管理の甘さが原因だ」と考えられがちです。しかし、近年の経済学や社会医学の研究を紐解いていくと、個人の意志の強さだけでは説明がつかない、ショッキングな事実が浮かび上がってきます。
それは「貧困な状態にある人ほど肥満になりやすく、そして肥満である人ほど経済的に貧しくなりやすい」という、双方向の負のループ(悪循環)が存在していることです。
一見すると「食べ物を買うお金がないなら痩せるのでは?」と思えるかもしれません。一体なぜ、貧困と肥満はこれほど強く結びつき、互いを引き寄せ合ってしまうのでしょうか。
この問題が世界中で研究されている背景には、先進国を中心とした「貧困のあり方」の変化があります。
かつて食料が乏しかった時代、肥満は十分な栄養を摂取できる富裕層の象徴でした。しかし現代の先進国においては、この関係が完全に逆転しています。格差社会の広がりとともに、低所得層ほど肥満率が高くなる傾向が顕著になり、公共衛生や社会保障の観点からも大きな問題として議論されるようになりました。
単なる個人の健康問題にとどまらず、社会的な格差がどのように身体へ影響を与えるのかを解明するため、多くの研究チームが調査を行っています。
まず前半の「なぜ貧しい人ほど肥満になりやすいのか」という疑問についてです。ここには、経済的な理由と心理的な理由のふたつが大きく関わっています。
経済的な理由として挙げられるのが「安価で高カロリーな食品への依存」です。新鮮な野菜や魚、質の高いタンパク質は比較的価格が高く、調理にも時間と手間がかかります。一方で、加工食品やファストフード、糖質や脂質を多く含む食品は安価で満腹感を得やすいため、限られた予算で日々の食事をやりくりしようとすると、どうしても高カロリー・低栄養な食事に偏りがちになります。
また、心理的な理由として「慢性的なストレス」が挙げられます。経済的な不安や生活の重圧は、体内でストレスホルモン(コルチゾール)の分泌を促します。これが食欲を増進させ、特に脂質や糖分を欲しやすい状態を作り出します。英国の社会疫学研究などでも、低所得層が晒される不確実な生活環境が、脳の報酬系を刺激して過食を引き起こしやすいことが示されています。
次に後半の「なぜ肥満の人ほど貧乏になりやすいのか」という逆のベクトルについてです。ここには「社会的スティグマ(偏見)」と「医療費・雇用の格差」が影響しています。
欧米を中心とした複数の労働経済学の論文では、同じ能力や教育水準であっても、肥満傾向にある人は就職や昇進において不利な扱いを受けやすく、平均賃金が低くなる傾向(いわゆる肥満ペナルティ)が報告されています。採用側が無意識のうちに「自己管理ができない人物」という印象を抱くことが原因とされています。
さらに、肥満に伴う糖尿病や生活習慣病の発症リスクの高まりは、将来的な医療費の増大や、病気による労働時間の減少(収入減)に直結します。こうして「収入が減ることで、さらに不健康な食生活に頼らざるを得なくなる」という罠にはまってしまうのです。
健康的な食事を選ぶ余裕がない経済的状況や、安価で不健康な食品が溢れる環境そのものを改善しない限り、このループから抜け出すのは非常に困難です。
現在、一部の国や自治体では、清涼飲料水への課税(砂糖税)や、低所得層向けに新鮮な野菜・果物を購入するための補助金クーポンを配布するといった、環境に働きかける政策が試みられています。



