

私たちが「飯テロ」に悶絶するとき、脳内では
時計の針がてっぺんを回り、そろそろ布団に入ろうかという静かな時間帯。急に頭の中が特定の食べ物のイメージで完全に占拠されてしまうことはないでしょうか。それも、お豆腐やレタスといった体に優しそうなものではなく、決まってポテトチップスの塩気だったり、チョコレートの濃厚な甘さだったり、あるいは冷凍庫に眠っているフライドポテトの油っぽさだったりしますよね。
夕飯はそれなりにしっかり食べたはずなのに、一度そのイメージが浮かぶと、もうそれ以外のものは考えられなくなります。今ここでポテトを食べなければ、この夜は絶対に終われない!という謎の使命感すら湧いてくる。冷蔵庫を開けては閉じ、引き出しの奥をあさり、最終的にはパジャマの上に上着を羽織って、近くのコンビニへと走ってしまったり。
翌朝、少し胃がもたれた状態で目を覚まし、どうしてあんなに必死になってジャンクフードを貪ってしまったのだろうと、ちいさな自己嫌悪に陥るまでがセットのイベントです。私たちはただ、自分の意志の力が弱くて誘惑に負けてしまっただけなのでしょうか。それとも、あの猛烈な欲求の裏には、私たちが気づいていないもっと切実な体の声が隠されているのでしょうか。
意思が弱いからではない
このような現象について、世間一般では、やはり自己管理能力の問題として語られることがほとんどです。夜中に脂っこいものを食べるのは食生活が乱れている証拠だとか、ストレスが溜まっていて暴飲暴食に走っているのだといった、メンタル面の原因に帰結させられがちです。だからこそ、お水を飲んで気を紛らわせましょうとか、早く寝てしまいましょうといった雑な根性論に近いアドバイスが定番となっています。
確かに、心が疲れているときにジャンクフードに逃げたくなる気持ちはよ~~~~~~~く分かります。手っ取り早く脳を満足させてくれる相棒として、ポテトやチョコはあまりにも優秀だからです。
しかし、単なるストレス発散にしては、その時々で食べたいものがピンポイントすぎる気がしてなりません。ある夜は絶対に塩辛いポテトチップスでなければダメで、クッキーでは身代わりにならない。またある日は、何が何でもチョコレートの苦味と甘さを求めている。この、狙い澄ましたかのような特定の欲求は、もしかすると私たちの体が、今足りていない何かを必死に訴えかけているサインなのかもしれないという説が、最近では少しずつ囁かれるようになっています。
体が発する、不器用な翻訳の仕組み
ここで、栄養学や生理学の分野で議論されている、人間の体と食欲に関する興味深い事実に目を向けてみましょう。
私たちの体は、特定の栄養素が不足すると、それを補うために脳に命令を出して食欲を刺激することが分かっています。ただ、面白いのは、脳がその不足を私たちに伝えるときに、非常に不器用な翻訳をしてしまう可能性があるという点です。
例えば、無性にチョコレートが食べたくてたまらないとき、私たちの体内ではマグネシウムというミネラルが不足しているのではないか、という指摘があります。マグネシウムは疲労回復や代謝に関わる大切な栄養素ですが、ストレスや疲労で消費されやすいという特徴があります。チョコレートの原料であるカカオにはマグネシウムが豊富に含まれているため、体はそれを求めているのですが、脳はそれを、チョコを食べてあの一瞬の幸福感を味わえ、というダイレクトな命令に変換してしまうというわけです。
同じように、ポテトチップスなどの塩気のあるものがどうしても欲しいときは、体内の水分やミネラル、あるいはカルシウムが不足しているサインかもしれないと言われています。ジャンクフードの塩分を摂取することで、減ってしまったミネラルを急いで補給しようとしている状態です。さらに、チーズや肉類といった濃厚な脂っぽいものが無性に恋しくなるときは、エネルギー源としての脂質だけでなく、カリウムや特定の必須アミノ酸が足りていない可能性も挙げられています。
このように、私たちの脳は、栄養が足りないというSOSを、かつて食べて美味しかったジャンクフードの記憶と結びつけて、「これをつまみ食いしろ!」という非常に具体的な誘惑として出力しているのかもしれないのです。
なぜストレートに伝えてくれないのか
栄養不足を補うためなら、どうして体はもっとストレートに、マグネシウムが足りないから大豆を食べて、とか、カリウムが足りないからバナナを補給して、と教えてくれないのでしょうか。そこには、人間という生き物の、少し不条理な構造が関係していそうです。
ひとつは、脳の報酬系と呼ばれる快感の記憶が強烈すぎるという点です。大豆やほうれん草にもミネラルは豊富に含まれていますが、それを食べたときに脳が感じる喜びよりも、チョコレートやフライドポテトを食べたときの、砂糖と脂肪がもたらす爆発的な快感のほうが、脳のハードディスクに強く刻み込まれています。そのため、体から栄養が足りないという大雑把なリクエストが届いたとき、脳は手っ取り早く、かつ最も強烈に満足できるジャンクフードの引き出しを真っ先に開けてしまうのです。
もうひとつは、現代の環境と、私たちの古い本能のミスマッチです。人類の長い歴史の大半は、慢性的な飢えとの戦いでした。そのため、エネルギー密度の高い油や砂糖、塩分を効率よく摂取できる機会があれば、逃さず体内に取り込むことこそが正しい生存戦略でした。体から、何かが不足しているという信号が出たときに、できるだけカロリーが高くて味が濃いものを選択させるようなプログラムが、今も私たちの体内でしっかりと機能していると言えます。
さらに、日々の生活のなかで、本当の空腹と、脳が作り出す偽物の空腹の区別がつかなくなっていることも影響していそうです。夜中の静寂の中でふと孤独や退屈を感じたとき、脳はその心の隙間を、特定の栄養不足のサインに便乗する形で、食べ物の欲求として誤認させてしまうことがあるのかもしれません。
体の不器用なつぶやきに耳を傾ける
結局のところ、夜中にジャンクフードが無性に食べたくなるのは、私たちの心がだらしないからでも、意志の力が弱くてダメな人間だからでもなく、体が必要としている栄養素を、脳が少し不器用な形で私たちに伝えてくれているから、という側面があるのかもしれません。
そう考えると、あの強烈な物欲に対して、ダメだ!と力ずくで押さえつけたり、逆に誘惑に負けたと落ち込んだりする必要はなさそうです。今、自分の体の中で何が不足して悲鳴を上げているのだろうと、一歩引いてクイズのように考えてみるのも面白い体験です。
チョコが欲しくなったら、あえてナッツ類を少し齧ってみるのはどうでしょう。ポテトチップスが恋しくなったら、ミネラルが豊富な海藻のスープを一杯飲んでみる。そうして、脳の翻訳を少しだけ正しい方向に修正してあげることで、あの暴走するような食欲が、嘘のようにすっと収まることもあります。
もちろん、たまには脳の言う通りにジャンクフードを買い込んで、背徳感をエンタメとして楽しむ夜があっても良いでしょう。完璧な食生活を目指して縛り付けるよりも、自分の体が発する小さなサインと、のんびりとお喋りをするような感覚で付き合っていくことが、この便利で誘惑の多い世界を健やかに生き抜くための、ちょうど良い落としどころなのかもしれません。




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