数年前、「地球の人口増加に伴うタンパク質危機を救うスーパーフード」として、コオロギをはじめとする昆虫食が大注目されたのを覚えているでしょうか。メディアや企業がこぞって取り上げ、昆虫せんべいやコオロギパウダー入りの食品が店頭に並びました。
しかし現在、私たちの食卓を見渡してみると、日常的に昆虫を食べている人は決して多くありません。それどころか、SNSを中心に強い拒否感を示す声が広がり、ブームは一気に沈静化してしまったようにも見えます。
高たんぱくで環境負荷も少ないとされる昆虫食が、なぜこれほどまでに普及しなかったのでしょうか。単に「見た目が気持ち悪いから」という感情論だけではなく、そこには人類史や生態学に裏付けられたもっと根本的な理由が存在していました。

昆虫食が近年大きく取り沙汰された背景には、国連食糧農業機関(FAO)が2013年に発表した報告書があります。
世界人口が増加して肉の消費量が急増すると、既存の牛や豚、鶏の飼育だけでは環境負荷が大きく、タンパク質が不足するという「タンパク質危機」が懸念されました。そこで注目されたのが昆虫です。昆虫は少ないエサと水で効率よく育ち、温室効果ガスの排出量も非常に少ないため、次世代のエコな栄養源として期待を集めたのです。
しかし、どれほど環境に優しく栄養価が高くても、人々の食習慣に根付くことは容易ではありませんでした。人類の歴史を振り返っても、特定の地域を除けば、昆虫が「主食」や「主要なタンパク源」として定着した例はほとんどありません。
では、なぜ人類は古来から昆虫を主要な食べ物としてこなかったのでしょうか。歴史人類学や生態学の研究から、主に3つの合理的理由が見えてきます。
第一に、「獲得カロリーのコスパ(カロリー効率)」の問題です。野生動物の狩猟や採集に関する最適採餌理論の研究によると、生き物が食料を探す際、「得るカロリー」が「探して捕まえる労力」を上回る必要があります。大昔の人類にとって、足が速くサイズも小さい昆虫を1匹ずつ捕まえる作業は、投入するエネルギーに対して得られるカロリーが圧倒的に少なすぎました。一方で、ウサギやシカ、あるいは大型の草食動物を捕まえた方が、圧倒的に効率よくカロリーを獲得できたのです。
第二に、「季節性と保存性の難しさ」です。昆虫は年間を通して一定量が手に入るわけではありません。冬になれば姿を消し、発生する時期も限られます。さらに水分を多く含むため腐りやすく、乾燥や塩漬けなどの技術がない時代には長期間の保存が困難でした。
第三に、「農耕の開始と害虫化」という歴史的背景です。約1万年前に人類が農耕や牧畜を始めると、穀物や家畜から安定して大量のエネルギーを得られるようになりました。すると昆虫は「食べ物」から「丹精込めて作った作物を荒らす害虫」へと立ち位置が変わりました。農作物を守るために敵対視される存在となったことで、文化的に昆虫を食べる習慣が廃れていったと考えられています。
日本でも長野県などの一部地域でイナゴやハチノコを食べる文化が残っていますが、これらは山間部で肉や魚などのタンパク質が手に入りにくかった環境において、季節ごとの貴重な補給源として重宝された例外的なケースだと言えます。

今回の大規模な昆虫食推進運動と、それに伴う反発は、私たちに「食文化や心理的な壁を無視してテクノロジーや環境理屈だけで食事を変えることの難しさ」を教えてくれます。
どれだけ科学的に「環境に良い」「栄養がある」と証明されても、何世代にもわたって培われた「何を食べるか」という人間の文化や生理的拒否感を短期間で書き換えるのは極めて困難です。また、大量生産に必要なコストが予想以上に高く、既存の鶏肉などと比べて価格競争力を持てなかったことも普及を阻む大きな要因となりました。
今後、昆虫食が完全に消え去るわけではありません。パウダー状にして見た目の抵抗感をなくした加工食品や、家畜のエサ(飼料)として活用する技術など、目立たない形での実用化は着実に進んでいます。
私たちが将来の食糧問題を解決していく上では、昆虫だけに頼るのではなく、植物性プロテインや培養肉など、様々な選択肢と組み合わせていく柔軟なアプローチが求められそうです。



