
映画やゲームでおなじみの「ゾンビ」。自分の意志を持たず、死んだような目でフラフラと歩き回り、人間を襲う恐ろしいモンスターとして、誰もが一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。
夜中に墓場から這い上がってくる不気味な存在……そんなイメージが強いゾンビですが、実は彼らの起源をたどっていくと、モンスターとしての恐怖ではなく、現実の世界で凄惨な労働に苦しんでいた人間たちの悲しい歴史に行き着くことが分かっています。
いったいなぜ、労働者の姿が不気味な「ゾンビ」として世界中に広まることになったのでしょうか。
ゾンビの元ネタとなった伝承や歴史をたどる研究は、文化人類学などの分野で長年行われてきました。近年でも、映画作品の歴史的背景を紐解くドキュメンタリーや解説記事などを通じて、その意外なルーツがたびたび話題にのぼっています。
私たちが普段楽しんでいるエンターテインメントの裏側に、どのような歴史的出来事や社会の姿が隠されているのかを知ることは、作品をより深く理解する上でも非常に興味深いテーマと言えます。
「ゾンビ」という言葉の本来のルーツは、西アフリカの民間信仰や、中米の島国ハイチに伝わる「ヴォドゥン(ボドゥ教)」にあるとされています。
17世紀から18世紀にかけて、アフリカ大陸から多くの人々が強制的に連れてこられ、サトウキビ畑などで想像を絶するような過酷な奴隷労働を強いられました。朝から晩まで休むことなく働かされ、人間らしい自由を一切奪われた彼らの間では、「死ぬことだけが唯一、アフリカの故郷へ魂が帰れる解放だ」と信じられていたのです。
しかし、ここで人々が最も恐れたのは「死んだ後も、呪術師(ブードゥー教の術師)によって生き返らされ、自我のない奴隷として死ぬことすら許されずに永遠に働かされ続けるのではないか」という絶望でした。これこそが、ゾンビの原形とされる存在です。
つまり、もともとのゾンビとは「人を襲う恐ろしい怪物」ではなく、「思考や感情を奪われ、ひたすら働かされ続ける悲劇的な労働者そのもの」だったのです。自分の意志で休むこともできず、死後も肉体を労働の道具として利用される恐怖が、伝承となって語り継がれていきました。

AFPニュース「ブードゥー教の祭典、ベナンに集う奴隷の子孫たち,2017」よりhttps://www.afpbb.com/articles/-/3115581
この伝承が20世紀以降、アメリカを中心とする映画業界に取り入れられる中で、次第に「人を襲うモンスター」や「感染して増える動く死体」へと姿を変え、世界中にポップカルチャーとして広まっていきました。
ゾンビのルーツが「意志を奪われた労働者」であるという事実は、現代を生きる私たちにとっても決して遠い昔の他人事ではありません。
現代社会でも、過度な長時間労働やストレスによって感情を失い、まるで機械のように会社へ通う人々を例えて「社畜」や「ゾンビのような働き方」と呼ぶことがあります。形や時代は違えど、「自分の意思を奪われて労働に追われる恐怖」という根本的なイメージは、何百年も前から現代に至るまで私たちの心に根深く存在し続けていると言えます。
もともとは現実の非人道的な労働環境から生まれた「悲しみの象徴」だったゾンビは、時代の変化とともにエンターテインメントへと姿を変え、世界中で愛されるキャラクターになりました。
私たちが映画でゾンビの姿を見て「恐ろしい」と感じる背景には、単に見た目の不気味さだけでなく、「自分の意志を失い、労働や何かに縛られ続けてしまうことへの原始的な恐怖」が隠されているのかもしれません。
次にホラー映画やゲームでゾンビを見かけたときは、その恐ろしい姿の裏側に存在した、歴史上の切ない背景に少しだけ思いを馳せてみてはいかがでしょうか。


