地球平面説、エイリアン隠蔽説、ワクチン生物兵器説…荒唐無稽な陰謀論はどのようにして誕生したのか?

テクノロジー

ネットの片隅で出会う、ちょっとゾクッとする世界の秘密

夜、ベッドの中でスマートフォンの画面をなんとなく眺めているとき、奇妙な動画や記事に出くわしたことはないでしょうか。「地球は実は丸くなくて平らな円盤のようになっている」とか、火星にはすでに秘密の基地があってエイリアンの存在を政府が隠しているとか、あるいは私たちが普段受けている医療の裏に世界を裏から操る秘密組織の恐ろしい計画がある、といった話です。

初めてそうした文章を読んだとき、多くの人は、「何を馬鹿なことを言っているんだろう」と鼻で笑ってしまうと思います。冷たい科学の現実や義務教育で習った知識からすれば、どれも突拍子もないおとぎ話にしか聞こえません。しかし、不思議なことに、そのページのコメント欄を覗いてみると、何百人、何万人もの人々が本気でその説を信じ、熱心に議論を交わしているのを目にすることになります。

彼らは決して、どこか頭のおかしい特殊な人たちばかりには見えません。プロフィールを覗けば、ごく普通の会社員だったり、優しそうな子育て中の親御さんだったり、どこにでもいる穏やかな一般生活者のように思えます。どうしてこれほど情報に溢れた現代社会において、一見すると荒唐無稽に思える陰謀論というものが生まれ、そして普通の人々の心に深く刺さってしまうのでしょうか。もしかしたら、彼らを笑っている私たち自身も、何か些細なきっかけでその世界の住人になってしまうのではないかという、ちいさな恐怖すら覚えることがあります。

知識が足りないから騙されるという、冷たい割り切り

このような突拍子もない説にハマってしまう人たちについて、世間一般では、科学的な知識が足りないからだとか、インターネットの怪しい情報に簡単に騙されてしまうリテラシーの低い人たちだ、という風に片付けられがちです。賢い人間はそんなものには引っかからないけれど、物事を深く考えない人が怪しい噂に飛びついてしまうのだという、非常に分かりやすい線引きです。

テレビのニュースやネットの解説記事でも、こうした陰謀論は社会の害悪であり、正しい知識を普及させることによって撲滅すべきだ、という正義感に溢れたトーンで語られることがよくあります。嘘の情報を信じるのは悪いことであり、正しいデータを突きつければ目を覚ますはずだという、理詰めの考え方です。

確かに、デマや誤った情報が広まるのは困りものですし、正しい知識を持つことは大切です。しかし、この、相手の知識不足や知性の問題として片付ける見方には、どこか割り切りすぎているような違和感も残ります。実際には、高学歴と呼ばれる人や、特定の分野で非常に優秀な成績を収めている人が、ある日突然、誰もが驚くような陰謀論の強力な支持者になってしまうケースも珍しくありません。本当にただの知識の有無やリテラシーの問題だけで、この世界中の怪しい熱狂を説明することができるのでしょうか。

脳のバグ

ここで、人間が物事を信じたり、情報を処理したりするときの心の仕組みについて、世界中で行われている心理学や行動科学の具体的な調査データに目を向けてみましょう。

近年の研究によると、陰謀論的な思考というのは、特定の変わった人だけが持つ異常な回路ではなく、私たち人間が過酷な自然界を生き抜くために進化の過程で身につけてきた、ごく普通の脳の癖が暴走したものである可能性が指摘されています。

たとえば、心理学の実験において、人間はランダムに並んだだけの無意味な図形や数字の並びのなかに、何かしらの意味のあるパターンや人の顔を見出してしまう性質があることが分かっています。パレイドリア現象などと呼ばれるこの心の働きは、大昔のジャングルで、茂みの揺れを単なる風だと思わずに、猛獣の気配かもしれないと警戒するために役立っていた、生存のための大切なバグです。

また、ある調査データによると、人は人生の中で強い不安や孤立感、自分の力ではどうにもできない無力感を抱えているときほど、世界を裏から操る黒幕の存在を信じやすくなるという傾向が報告されています。ランダムで不条理な災害や不景気に怯えるよりも、誰か悪い奴が意図的にやっていると考えた方が、世界が予測可能で分かりやすいものに思え、脳が一時的な安心感を得てしまうのだそうです。

さらに、インターネットのSNSのアルゴリズムを分析したデータでは、私たちが一度ある特定の不穏な動画を観ると、画面の裏のシステムが、あなたはこの話題が好きなんですねと親切心から判断し、似たような陰謀論の動画を次から次へとおすすめとして表示し続ける仕組みになっていることも分かっています。これはフィルターバブルなどと呼ばれる問題ですが、これにより、本人は色々な情報を調べているつもりでも、気づけば周囲が同じ意見だけで埋め尽くされる、情報の繭のような状態に閉じ込められてしまうわけです。

秘密の物語が誕生し育っていく構造

人間の脳が持つこうしたバグやネットの環境を踏まえると、突拍子もない陰謀論が生まれ、私たちの日常に滑り込んでくるのには、いくつかの構造的な背景が考えられます。

ひとつは、大きすぎる事件や悲劇に対する、感情のバランスシートの問題です。世界を揺るがすような大統領の暗殺事件や、世界中を混乱に陥れたウイルスの流行といった巨大な出来事が起きたとき、その原因が、たまたま狂った一人の単独犯だったり、市場の片隅で起きた偶然のウイルスの変異だったりするという現実に、私たちの心はうまく納得がいかないことがあります。重大な結果には、それに相応しい巨大な原因や悪の組織の陰謀がなくてはならないという、物語としての「釣り合い」を求めてしまうのです。結果の大きさと原因の小ささのギャップを埋めるために、突拍子もない秘密の物語が要請されるのかもしれません。

もうひとつは、現代社会の専門化が進みすぎて、一般人には何もかもが見えなくなってしまったという不気味さです。昔の道具であれば、壊れても裏蓋を開ければ仕組みがなんとなく分かりました。しかし、現代のスマートフォンや最先端のワクチン、複雑怪奇な金融システムは、一流の専門家にしか理解することができません。私たち一般生活者は、中身が全く分からないブラックボックスに囲まれて暮らしています。その、自分の生活の命綱をよく分からない専門家に握られているという根源的な不安が、彼らは何か恐ろしいことを隠しているのではないかという疑心暗鬼を生み出す土壌になっている可能性があります。

さらに、孤独な現代人にとっての、ちいさな居場所やヒーロー願望という側面も無視できなさそうです。世間の多くの人が気づいていない世界の真実を、自分だけがネットの動画によって知ってしまった。その瞬間、退屈で冴えない日常を送っていた自分が、世界の秘密と戦う映画の主人公のような特別な存在に思えてくることがあります。そして、同じ秘密を共有するネットの仲間たちと繋がることで、強烈な一体感や仲間意識が得られます。陰謀論は、寂しい現代人の心を温める、一種のコミュニティの役割を果たしてしまっているのかもしれません。

割り切れない世界

こうして色々な要因を並べてみていくと、地球平面説や様々な隠蔽説といった突拍子もない話は、どこか遠い世界の悪い人たちが作った毒物というよりも、私たち誰もが胸の奥に抱えている不安や、脳のちょっとした寂しがり屋な性質が、インターネットという鏡に映し出されて巨大化した影のようなものなのかもしれません。

あんなものを信じるなんて愚かだと一刀両断にして笑い飛ばすのは簡単ですが、私たちが人生の大きな挫折に見舞われ、社会への信頼を失い、深い孤独の中にいるときに、同じように甘美な秘密の物語が目の前に差し出されたら、絶対に首を振らないと言い切る自信は、私にはあまりありません。

大切なのは、世界は私たちがすっきりと理解できるほど単純でも綺麗でもなく、偶然と複雑さに満ちている、退屈でくそったれな現実をそのままの形で受け入れる覚悟なのかもしれません。ネットの海を漂う少しゾクッとする世界の秘密に出会ったときは、それを全力で攻撃するのでもなく、かといってどっぷりと浸かるのでもなく、人間の脳ってこういう物語が本当に大好きなんだなぁと眺めるくらいのほどほどの距離感を持っていきたいものです。

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