

後ろを向いて歩くわけではなく
新しい趣味を始めるときや、思い切って転職活動を始めるとき、あるいはちょっとした資格の勉強に手を出すとき、私たちの胸は期待で膨らんでいます。今度こそは最後までやり遂げよう、素晴らしい成果を出して人生を好転させようと、前だけを向いて一歩を踏み出すものです。
しかし、現実はそう甘くありません。始めてみたものの全く自分に合っていなかったり、職場の人間関係が想像以上に険悪だったり、仕事が忙しくなって勉強の時間をどうしても捻出できなくなったりします。そんなとき、私たちの心には、「ここでやめたら今までの苦労が水の泡になる」とか、周りから根性がない奴だと思われるのではないかという、重苦しいプレッシャーがのしかかってきます。
結局、ずるずると精神をすり減らしながら続け、最終的には体調を崩して倒れてしまうような経験をしたことがある方も、決して少なくないはずです。前を向いて進むことは美徳とされがちですが、私たちはどうしてこうも、途中で引き返すという選択を恐れてしまうのでしょうか。最初から逃げ道を考えておくことは、本当にただの意気地なしのやることなのか、少し立ち止まって考えてみたくなります。
撤退を悪とする空気感の正体
世間一般の風潮を見渡してみると、やはり継続は力なりという言葉が根強く支持されています。一つのことを長く続けることこそが素晴らしい、あるいは「途中で投げ出すのは忍耐力が足りない証拠だ」というわけです。ビジネスの場でも、プロジェクトを途中で諦めることは失敗と同義であり、何が何でも「とりあえず」形にすることが求められる場合も多いことでしょう。
こうした考え方の背景には、最初に投じた時間やお金、あるいは労力を無駄にしたくないという、人間が誰しも持っている心理が働いています。それまでに費やしたコストが大きければ大きいほど、私たちはその場所から離れることが難しくなり、損をすると分かっていてもズルズルと投資を続けてしまう性質があるようです。
しかし、世の中のすべての物事が、努力や根性だけで解決するわけではありません。むしろ、傷口が浅いうちにさっと身を引くことの方が、結果として自分自身や組織を守るために重要な局面もたくさんあるはずです。それなのに、なぜ私たちは出口を塞がれたまま、「進むしかない」という錯覚に陥ってしまうのでしょうか。
損を最小限に抑えるデータと現実
ここで、物事をやめることに関するいくつかの具体的な事実や研究に目を向けてみると、面白い側面が見えてきます。心理学や経済学の世界では、すでに支払ってしまって戻ってこない費用のことを埋没費用(サンクコスト)と呼び、これに囚われて不合理な判断を続けてしまう心理現象が広く知られています。
ある実験では、事前に映画のチケットを自分で購入したグループと、人からもらったグループを比較したところ、映画が途中でつまらないと分かった後も、自分で身銭を切ったグループの方が、時間を無駄にしてまで最後まで映画館に残り続ける傾向が強かったという結果が出ています。お金を払ったのだから元を取らなければ損をするという心理が、結果として自分の貴重な時間をさらに損失させるという悪循環を生んでいるわけです。
また、企業の生存戦略に目を向けても、傷が浅いうちに撤退することの重要性が分かります。新規事業を立ち上げた企業が、あらかじめ撤退基準を数値として明確に設けている場合と、そうでない場合を比較すると、基準を設けている企業の方が、失敗時の損失を低く抑えられ、次の新しい事業へスムーズに資金と人材を投入できるというデータもあります。
つまり、やめる基準をあらかじめ決めておくことは、決して後ろ向きな諦めではなく、むしろ限られた資源を最も有効に使うための非常に合理的な戦術であると言えそうです。
なぜ出口戦略を用意すると強くなれるのか
では、あらかじめ逃げ道を用意しておくことには、具体的にどのような構造的なメリットがあるのでしょうか。いくつかの可能性を考えてみます。
ひとつは、精神的な余裕が生まれることで、かえって目の前のことに集中できるという点です。ここでもしダメならいつでもやめてやる、最悪の場合は会社を辞めればいいやというお守りのような選択肢を持っているときの方が、人間は不思議と思い切った挑戦ができたりします。後がないという極限状態は、人を驚異的に成長させることもありますが、多くの場合、恐怖によってパフォーマンスを低下させてしまう原因になります。
もうひとつは、状況を客観的に観察する目が養われるということです。もし「このラインを下回ったら撤退する」と事前に決めておくと、感情に流されずに現状を把握することができます。私たちは渦中にいるとき、どうしても都合の良い情報ばかりを集めて、まだ大丈夫、これから巻き返せると現実から目を背けがちになります。出口を意識することは、冷徹に現実を見つめるためのフィルターになってくれるのです。
さらに、次のチャンスに挑戦するためのエネルギーを温存できるという理由もあります。体力がゼロになるまで戦い抜いてしまうと、そこからの回復には膨大な時間がかかります。しかし、体力が3割残っている状態で撤退できれば、その3割を使ってすぐに次の新しい打手を打つことができます。人生という長いスパンで見たとき、一回一回の勝負で全滅しないことの方が、はるかに重要な戦略なのかもしれません。
逃げるが勝ちという、もう一つの正解
こうして考えてみると「にげる」という選択肢を常に懐に忍ばせておくことは、決して弱い人間の自己防衛策ではなく、激しい変化の中で生き残るための、極めて知的な戦略のようにも思えてきます。
もちろん、最初から諦めモードで何事にも身が入らないというのは本末転倒ですし、多少の踏ん張りが必要な時期があるのも事実でしょう。しかし、出口のないトンネルをひたすら走り続けることだけが正解だと思い込んでいると、いつか心が折れてしまいます。
いつでも押せる非常停止ボタンを心の中に設置しておく。それだけで、日々の暮らしや仕事の景色が、少しだけ風通しの良いものに変わるのではないでしょうか。人生のすべての挑戦において、大成功を収めることだけがゴールではなく、いかに上手に負けて、次に繋げるかという引き際の美学も、私たちが持っておいて損はない知恵のひとつのようです。
考えるヒントになった作品
今回のテーマについて深く考えるきっかけになったのは、経済学者であり意思決定の専門家であるアニー・デュークの著書です。ポーカーの世界チャンピオンとしての経験も交えながら、適切なタイミングで身を引くことがどれほど人生の利益を最大化するかを教えてくれる一冊で、やめることは負けであるという固定観念を心地よく覆してくれます。




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