
真っ黒の飲み物
目が覚めて最初にするのが、お湯を沸かすことだという方は多いのではないでしょうか。私もその一人です。豆を挽く時の香りが部屋に広がると、ようやく今日という日が始まる気がします。
でも、ふと不思議に思うことがあるんです。この黒い液体は、結局のところ私の体に何をしてくれているんでしょうか。
ある日は、コーヒーを飲むと健康の維持増進に有益で、寿命が延びるなんてニュースを目にします。それを見た私は、よしよし、健康のために飲んでいるんだと自分を納得させます。ところが別の日には、カフェインの摂りすぎは胃を荒らすとか、睡眠の質を下げるといった注意喚起を耳にして、少しだけカップを持つ手が止まってしまいます。
一体どっちやねん。
そんな素朴な疑問から、今日はコーヒーという不思議な飲み物との付き合い方について、少しだけ深く考えてみたいと思います。
世間でささやかれる正義と悪の顔
世の中で一般的に言われている話を整理してみると、コーヒーには実に多様な顔があることがわかります。
まず、健康にいいとされる側のお話。よく耳にするのは、ポリフェノールが豊富だという点です。赤ワインよりも効率的に抗酸化物質を摂取できるなんて言われると、なんだか魔法の薬を飲んでいるような気分になります。ほかにも、インスリン抵抗性が低下し糖尿病のリスクを下げるとか、クロロゲン酸が肝細胞の炎症を抑制して肝臓を守ってくれるといった研究結果が発表されるたびに、コーヒー愛好家たちは胸をなでおろします。
一方で、あまり良くないとされる側の意見も根強いものです。一番の懸念はやはりカフェインでしょう。心拍数が上がってドキドキしたり、夜に目が冴えてしまったり。興奮状態になります。また、空腹時に飲むと胃酸が出すぎてお腹が痛くなるという経験を持つ人も少なくありません。
こうして並べてみると、まるで一人の人間の中に聖人と悪人が同居しているかのようです。体にいいというデータがある一方で、人によっては毒にもなり得る。そんな矛盾した情報を前にして、私たちはどう振る舞えばいいのでしょうか。
情報を一歩引いて眺めてみようか
テレビやネットで流れる、コーヒーは健康にいい、あるいは悪いという断定的な言葉。それらは、誰にとっても同じように当てはまる真実なのでしょうか。
科学の世界では、一つの結論が出るまでに膨大な時間の検証が必要だといいます。でも、ニュースで見かけるのは、その長いプロセスのほんの一部、一番派手な部分だけだったりします。今日発表されたすごい発見が、来年には別の研究で塗り替えられることも珍しくありません。
そもそも、コーヒーを飲む人のライフスタイル全体を見てみると、もっと複雑な事情が見えてきます。
例えば、コーヒーを好む人はタバコを一緒に吸う傾向があるという古いデータがあったそうです。その場合、健康被害の原因がコーヒーなのかタバコなのかを見分けるのはとても難しいのです。あるいは、仕事の合間にリラックスして飲む人と、眠気を無理やり引き剥がすために流し込む人とでは、体への影響が同じはずもありません。
数字やデータは嘘をつかないかもしれませんが、その切り取り方によって、見え方はガラリと変わってしまう。そんな構造的な危うさが、この議論には隠れている気がしてなりません。
なぜ人によって反応が違うのか
私が最近、なるほどなと感じたヒントがあります。それは、私たちの体質には個体差があるという当たり前すぎる事実です。
ある研究によると、カフェインを分解するスピードは遺伝子によって大きく左右されるそうです。具体的には、CYP1A2という酵素の働きが活発な人とそうでない人がいるのだとか。
すぐにカフェインを処理できる人は、夜にコーヒーを飲んでもぐっすり眠れます(私もそうです)。一方で、処理が苦手な人が一杯飲めば、カフェインがいつまでも体内に残り、翌日まで疲れを引きずることになります。これを一括りに、コーヒーは健康にいい、悪い、と一概に論じること自体に少し無理があるように感じざるを得ません。
また、コーヒーそのものに含まれる成分も、焙煎度合いや抽出方法で大きく変わります。深煎りの豆はカフェインが少し減る(豆の体積が増えるのでそりゃそうですが)とか、フィルターで濾すことでコレステロールを上げる成分が取り除かれるといった事実を知ると、ますます話は一口では飲み込めなくなってきます。
結局のところ、コーヒーが体にいいかどうかは、その人の遺伝子、その時の体調、そして飲み方という、いくつものパズルのピースが組み合わさって決まるのではないでしょうか。
考えるヒントになった言葉たち
ジェームズ・ホフマンの「コーヒー辞典」のような書籍は非常に興味深いです。産地や淹れ方のこだわりを読んでいくと、もはや健康かどうかなんていう議論は、この豊かな文化の前では野暮なことのようにさえ思えてきます。

さらに、先ほど触れたカフェイン代謝の遺伝的差異に関する学術的な知見は、自分の体と対話することの大切さを教えてくれました。他人の適量が、自分の適量とは限らない。そんな至極当然のことが、科学の視点から裏付けられているのは面白いなと感じます。
ほどよい距離感
結局、コーヒーは健康にいいのか悪いのか。の答えは、今のところ私の中ではその日の自分のコンディション次第という、なんとも曖昧なところに落ち着いています。
調子がいい時に、お気に入りのカフェでゆっくり味わう一杯は、間違いなく心と体にプラスのエネルギーをくれるでしょう。でも、ストレスで胃がキリキリしている時に、義務感で流し込む一杯は、非常にマズイ。おいしくないんです。きっと体からのSOSを無視することに繋がってしまいます。
明日の朝も私はお湯を沸かすでしょう。でも、その時の気分やお腹の具合を少しだけ丁寧に確認してから選ぶつもりです。皆さんも、ご自身の体が発する小さな声に耳を傾けながら、明日のカップを選んでみるのはいかがでしょうか。


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