

なんとなく怖いあの言葉の響き
日常を生きていると、ふとした瞬間にニュースやドラマで耳にする言葉があります。その中の一つが「自己破産」です。この言葉を聞いたとき、みなさんはどんなイメージを思い浮かべるでしょうか。おそらく多くの人が、人生の終わりとか、もう二度と普通の生活には戻れないといった、おどろおどろしい光景を想像するのではないかと思います。
実は私も、前まではそう思っていました。すべての財産を身ぐるみ剥がされるのではないか、あるいは自分が経営している会社がある日突然倒産してしまったら、もう家族路頭に迷って生きていく道がなくなるのではないか。そんな漠然とした恐怖感が、あの四文字にはまとわりついています。近所にたたまれた店を見たときは、胸を痛めたものです。
でも、世の中には借金や会社の経営問題で深く悩み、夜も眠れないほど追い詰められている人がたくさんいます。中には、もうこれしか道がないと思い詰めて、自ら命を絶ってしまう悲しいニュースもあります。そんなニュースを見るたびに、本当にそこまで追い詰められなければならないものなのだろうか?お金のために命そのものを投げ出してしまうなんて、重大な犯罪を犯した人たちでも命までは取られない場合が多いのに…、という素朴な疑問が湧いてくるのです。
世間でささやかれる恐ろしい噂話
世間一般でよく言われているイメージをひもといてみると、まるで昔の映画に出てくるような過酷なペナルティが「信じられている」ことに気づきます。
よくある噂としては、家財道具をすべて赤紙で差し押さえられて、明日着る服すらなくなるというものや、会社を絶対にクビになって二度と再就職できないというものがあります。さらに自分が経営している会社が倒産したケースを想像すると、借金取りが自宅に押し寄せてきて、全財産を奪われた上に一生奴隷のように働かされるのではないかという、身の毛もよだつような話まで、まことしやかに語られています。
このような話を聞かされれば、誰だって恐怖で足がすくんでしまいます。借金を作ってしまったのは自分の責任だし、会社を潰したのは社長である自分の力不足だから、これくらいの罰は受けて当然なのだと思い込んでしまう心理も分からなくはありません。しかし、これらは本当に現代の日本で起きている事実なのでしょうか?実際そうではないようです。
調べてみて驚いた、法律が用意した「盾」
気になって色々と調べてみると、世間の恐ろしいイメージとは全く違う、驚くべき事実が見えてきました。法律の専門書や実際の運用ルールをのぞいてみると、自己破産や倒産という制度は、人間を奈落の底に突き落とすためのものではなく、むしろもう一度這い上がるためのセーフティネットとして作られていることが分かります。
まず、一番気になる身ぐるみを剥がされるという点についてですが、実際には生活に必要な最低限の財産はしっかりと手元に残せる仕組みになっています。たとえば、数か月分の生活費にあたる現金をそのまま持っておくことは認められていますし、冷蔵庫や洗濯機、テレビといった日常の電化製品、衣服や寝具なども、差し押さえの対象にはならないのが一般的です。明日からの生活に困るような事態には、国も最初からしない方針をとっているようです。そりゃそうだ。
また、経営している会社が倒産したらどうなるのかという疑問についても、実は非常に理にかなった仕組みがあります。現代の会社の多くは有限責任というルールで守られているため、基本的には会社が作った借金を、社長が個人のポケットマネーから全額代わりに返さなければならない義務はありません。もちろん、社長自身が会社の借金の保証人になっているケースが日本では多いので、その場合は会社と一緒に社長個人も自己破産の手続きをすることが一般的です。
しかし、その場合であっても、先ほどお話ししたように個人の生活必需品や最低限の現金はちゃんと守られます。会社が倒産したからといって、社長とその家族が路頭に迷ってご飯も食べられなくなるような、そんな非人道的な社会には全然なっていません。戸籍や住民票にバツがつくこともありませんし、自ら周囲に言いふらさない限り、近所の人や友人に知られる可能性も極めて低いと言えます。
もちろん、クレジットカードが数年間作れなくなったり、新たなローンが組めなくなったりするという不便さは確実に残ります。しかし、それは裏を返せば、これ以上借金を重ねられない環境になって、強制的に現金生活で家計を立て直すリハビリ期間になるとも捉えられます。
なぜ私たちは恐怖を膨ませてしまうのか
では、なぜこれほどまでに実態と世間のイメージにズレがあるのでしょうか。そこにはいくつかの構造的な理由がありそうです。
一つ目は、貸す側の心理や社会のモラルを守るための抑止力として、あえて怖いイメージが「放置されている」可能性です。みんなが、自己破産しても、あるいは会社を倒産させても案外普通に暮らせるらしいぞ?と簡単に考えてしまうと、無責任にお金を借りて返さない人が増えてしまうかもしれません。社会の秩序を保つために、なんとなくタブー視する空気感が維持されているのかもしれません。もちろん正しい知識をつける方が大切です。
二つ目は、私たち自身の心理的なバイアスです。人間は分からないものや未知の体験に対して、最悪のシナリオを想像して身を守ろうとする本能があります。破産や倒産という未知の領域に対して、過去のドラマの激しい演出や昔のイメージが混ざり合い、脳内で勝手に恐怖のモンスターを作り上げてしまっているのではないでしょうか。
三つ目は、情報を得る機会の少なさです。実際に手続きをして平穏な日常を取り戻した人や、一度会社を畳んで別の仕事で元気に暮らしている人は、わざわざその経験を他人に自慢したりしません。そのため、うまくいった事例は社会に隠れがちになり、たまに報道される極端な事件や、闇金トラブルなどの悪い話だけが目立ってしまうという情報の偏りがあるのだと考えられます。
絶望する前に「ルールを知る」ということ
ここまで考えてくると、借金の重圧や会社の行き詰まりから命を絶ってしまうような選択は、あまりにももったいないと感じずにはいられません。命をかけてまで守らなければならないお金のルールや、会社の看板なんて、この世に存在するのでしょうか。
私たちが勝手に作り上げた恐怖のイメージのせいで、救えるはずの命が失われているのだとしたら、それはとても悲しいことです。経済的な失敗は人生の失敗ではなく、ただのゲームのやり直しにすぎないという見方もできます。経営者としての挑戦がうまくいかなかったとしても、それは一つの結果であり、人格まで否定される筋合いはありません。
もちろん破産や倒産は推奨されるわけではありません。ただ、国が用意してくれたわりかし安全なリセットボタンがあるという事実を知っておくだけでも、心のゆとりは全く変わってくるはずです。




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