風船膨らまし用のヘリウムガスを吸うと、声が高くなってアニメのキャラクターのような声に変わる……。誰もが一度は目にしたことがある定番の「声変わり実験」です。
では、もしもワニにヘリウムガスを吸わせたら、一体どうなるのでしょうか。
「そんなことを本気で実験した学者がいるのか?」と笑ってしまうかもしれませんが、これは科学界で非常に大きな話題となり、2020年のイグノーベル賞(音響学賞)を受賞した実際の研究です。一見すると単なる珍実験やいたずらのように思えますが、その背景には「動物の発声メカニズム」や「絶滅した恐竜がどんな声をしていたのか」という、生物の進化をめぐる真面目な科学的探求が隠されています。
■ なぜワニにヘリウムを吸わせる必要があったのか
研究チームが解き明かしたかったのは、「ワニの唸り声は自分の身体の大きさをアピールするための信号なのか?」という疑問でした。
多くの鳥類や哺乳類(人間も含む)は、声を出すときに「共鳴(フォーマント)」という仕組みを使っています。喉の奥にある声帯で音が作られ、それが喉や口の中(声道)を通る際に響き渡ることで、独特の音色が生まれます。 声帯で作られた振動音(ブーという音)はそれ自体小さなものですが、喉・口・鼻の空間(共鳴腔)で響きが加えられることで、私たちが聞き取る「声」になります。声道の長さは身体の大きさと比例するため、体が大きい個体ほど低く重厚な「共鳴音」を出すことができます。

しかし、爬虫類であるワニが同じように共鳴を使って身体の大きさを周囲(ライバルや異性)に伝えているのかどうかは、これまで解明されていませんでした。
そこで登場したのがヘリウムガスです。
ヘリウムガスは、空気(窒素や酸素)よりも密度が低く、音の伝わるスピード(音速)が圧倒的に速いという物理的特性を持っています。重要なのは、ヘリウムを吸っても「声帯の振動(ピッチ/音の高さ)」自体は変わらないものの、「声道を通るときの共鳴の周波数(フォーマント)」だけが高くシフトするという点です。
もしワニが共鳴を利用して声を伝えているなら、ヘリウムを吸ったときに音色が大きく変化するはずだ――研究者たちはそう考えたのです。
■ 実験の結果:ワニの声はどう変化したのか?
実験は、密閉されたアクリルケースの中にヨウスコウワニを入れ、空気とヘリウム・酸素混合ガスを交互に満たして唸らせるという形で行われました。
その結果、ワニがヘリウムを吸うと、声の高さ(基本周波数)そのものは変わらないものの、音の響き(共鳴周波数)が高音域へと劇的にシフトすることが音響分析によって証明されました。人間で言う「ヘリウム声を吹き出したような声」に変化したのです。

この発見によって、ワニも人間や鳥類と同じように、声道の形や大きさを活かした「共鳴」を使って声を出し、自身の身体の大きさを周囲にアピールしていることが世界で初めて実証されました。
この研究のすごさは、単にワニの生態が分かったことだけに留まりません。
進化の歴史において、ワニや鳥類は「恐竜」と共通の祖先から枝分かれした近縁種(主竜類)にあたります。つまり、ワニや鳥が共鳴を使った発声メカニズムを持っているということは、かつて地球上を闊歩していたティラノサウルスなどの恐竜たちも、同じように体を共鳴させて巨大な唸り声を上げていた可能性が極めて高くなったということです。
映画やアニメで描かれる「恐竜の咆哮」が、単なる想像の産物ではなく、科学的な裏付けを得てよりリアルに再現できる道が開けたと言えます。ユーモアあふれる問いの中にこそ、世界を前進させる発見が眠っているものなのかもしれません。



